カテゴリー「c 奥多摩 2012年」の記事

2012年11月18日 (日)

陣馬尾根縄文の森

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正しくは「縄文遺跡付近の森」というべきかな。

I01 いつもの通り春日神社前に車を置く、陣馬尾根へは三つのコースがある、ひとつは最もポピュラーな一般コース、そして前回《2012.10.21》私が山姥《ヤマンバ》に襲われそうになったコース、そして今回の重要文化財旧小林邸を通るコース。

旧小林邸は現在修復工事中とのことで見学は出来ないとのこと、修復は平成26年までかかるらしい、それでも家の骨格ぐらいは見ることができるだろうと今回行ってみることにした。

I07 旧小林邸は全体がシートで覆われてたが、中は透けて見える、骨格どころか完全に解体されてる、修復というような生やさしい工事ではなさそうだ、聞くところによると腕のいい宮大工が住所をわざわざ檜原村に移してやってるらしい。

隣接してツツジ園がある、ミツバツツジが主のようだ、日当たりの良いところなので多分4月の上~中旬には咲くのではと思われる、家の修復が終わりミツバツツジが咲きほこる季節には桃源郷のようになるかも。

三つのルート、時間的には大差がないが今回のルートが私的に最も雰囲気がいい。

縄文遺跡でキョロキョロ何かを探してるオジサンがいた、近くに行くと「竪穴式住居はどこにあるのかな?」とのことのようだ。

私は、その、7千年~8千年という悠久の時間の長さにを全く意に介しない姿勢に爽やかな感動を受けた、人はすべからくかくありたいもの、口はばったいようですが、かく言う私も、つい最近までAKB48というのは最新の携帯電話と思ってた《ナンノコッチャ》

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縄文遺跡からしばらく、植林帯が自然林に変わるあたり道は二つに分かれてる、小河内峠へは左へ行く、右は何処へ行くのか標識はない、仕事道か。

とにかく右のルートを行ってみる、この付近の自然林は気持ちがいい紅葉もきれいだ。

道は再び植林帯になる木々には白いペンキがついてる、どうやら登山道のようだ、小河内峠を経ずに御前山に至るルートかなと思うが、道はやがて若干のヤブコギを強いられるようになる。

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私は根性なしだから、なにがしかの困難に遭遇した場合、直ちに、その行動を中断することにしてる、困難なことは嫌いだ。

てなわけで、引き返して自然林のきれいな辺りで2時間ほど撮影を楽しんだ、森には誰もいない、おかげで落ち葉の上に腹ばいになったり寝転がったり気ままに遊べる。

今回はキノコのキの字もない、不思議だ、あれほどいっぱい生えてたのに影もかたちもない植物というより動物に近いような気もする、植物なら枯れたら枯れたで枯れ草や枯れ枝として残ってそうなものなのに。

植物や動物は枯れたり死んだりしてもそのなれの果てとしての形はあるが、キノコは枯れるとか死ぬとか腐るではなく、ただ消えるのだ、そしてまた忽然と現れる、森の妖精とも云われる所以でもある。

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2012年11月 3日 (土)

奥多摩.湯久保尾根をあるく

I24 今日は湯久保尾根を歩いてきた、アプローチは前回《2012.10.7》と同じなのでそちらを参照下さい。

途中秋川渓谷沿いにはかなり色づいた木々もみられたが本格的にはまだまだこれから。

I23 歩き始めてすぐ、道端にはリンドウが鮮やかに咲いてた、春リンドウというのもあるがリンドウはやはり秋にこそふさわしい、そんな気がする《春になればなったでまた別のことをいうんですかね》

尾根全体を通して一ケ所だけ、もしかしたら富士が見えるのではなかろうかと思える場所があるが前回は雨だったし今回も残念ながら雲がとれず確認はできなかった。

前回はあれほど多かった湯久保山のきのこは今回は全く見ることができなかった、どうやらキノコの季節は終了したようだ。

とにかくこの尾根は徹頭徹尾植林されてる、ここまでやらんでもと思うが...。

I508_6 この国の行政のけしからんところだ、ほとほどという事を知らんのだ、あの戦争にしてもほどほどにしとけば広島長崎はピカドンにやられずに済んだのに。

しかし、それでも自然林のきれいなところがあった。

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この尾根の到達地点は標高1405m《山の名前を言わないところがにくいね、私は山を登ってきたわけではない、ただ、尾根を歩いてきただけなのだ》

標高1405m地点に限って言うなら、今日明日が紅葉のピークかな、もしかしたら来週末にはかなり落葉してるかも。

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I03 好天の祭日とあって昼ころには大盛況、このような場所に私のような一人歩きはなかなか居場所がない、それはもう昼寝を決め込むにかぎる、昼寝は実に気持ちがいい、たしか11月3日は昼寝の特異日だったかな..。

湯久保尾根を歩く人も多くはないがそこそこの人数はあった。

1405m地点以外はこんなかんじ、見頃は中旬以降かな。

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今日はテレンコテレンコ7時間ほど歩いた。

このコース、尾根上に達するまではやや急登もあるが、あとは1405m地点直下まで比較的緩やかな登り、テレンコ歩きにはちょうどいいかも。

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2012年10月21日 (日)

陣馬尾根から小河内峠

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I11 今日は紅葉にはまだ早いし、何処へ行くか、なかなか決まらなかった。

迷ったときには前回と同じところへ行くのが最も良いのだ、で、陣馬尾根へ向かった。

しかし、全く同じというのも芸がないので少しコースを変えた、春日神社の前に車を置くのは同じだが、今回は、そのまま車道を少し歩いて、車道終点のすぐ手前を左に下りる道に入った。

道は舗装された歩道になってる、すぐ民家があるが、道は民家の右側を行く。

I02 植林帯の中を歩道は続いてる、頭上には電灯線と電話線がはしつてる、右上の斜面には銀色のモノレールが見え隠れする。

ところどころに電柱があり、街路灯が点いてる。

I01 猿や猪しか通らないような森の中に街路灯が点いてると何とも不思議な感じがする。

もしかすると、この先にヤマンバの巣窟があるのでは、そんな妄想にかられる、チョット顔のいい韓流の役者なんぞのおっかけをやってる普通のオバサンが何かの拍子に野生化して山姥になったわけだから、とにかくいい男には目がないのだ、そこのところは私なんぞも気をつけねば.....《もう完璧な被害妄想やね》、

途中、民家が一件、中からラジオかテレビの音が聞こえる、その先に丸太小屋、これは農作業用の小屋かな、小屋の前で女性が二人、これから畑の手入れを始めるところ。

歩道は更につづく、多分、この先に猿江集落があるのかと思うが、道はその手前で右に分岐する。

歩き始めて、ほぼ一時間、それまでの植林帯が自然林になると、まもなく道は陣馬尾根に達する、

縄文遺跡は、この少し先にある。

I03 付近一帯には先週と同様、キノコが多い、バカでかいキノコもニョキニョキ、大きさがわかるようにロングサイズのタバコと比較してみた。

しばらくキノコの撮影をする。

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とりあえず、小河内峠まで行ってみる、峠は登山者多数、何故が皆、犬をつれてる、犬連れ登山の同好会かいな。

しょうがないから、その先のコブを登る、この辺りの自然林をウロウロしてみたがキノコは全くない。

その間に団体さんは行ってしまったようなので峠へ戻り昼飯。

ふと足元を見ると、古来より胃薬として日本人にはなじみの深いセンブリが一株、見事に花を付けてた。

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思いがけない花に出合ったりすると、何か得をしたような気分になる。

あのセンブリの苦さはたとえようもないが、観賞用としては実に可憐な花だ。

だけんど、二日酔いには抜群に効くのよね....私のばあいは..ですが。

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2012年10月14日 (日)

奥多摩.陣馬尾根のきのこ

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陣馬尾根、中ノ平縄文遺跡の石碑には陣場尾根となってるので前回は陣場としたが今回は大勢に従って陣馬とした、私は長いものにはまかれる事にしてる。

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此処に人が棲んでたのは7~8千年前らしい、このころ、フィリピン沖で発生する暖流《黒潮》が日本海側にも流れ込むようになり、日本列島全体がかなり温暖化したとの事、平均気温は今よりかなり高かったようだ。

温暖化により広葉樹の森が列島全体に広がったという、そのような時期に此処に棲みついた縄文人はどこから来たのか?、元をたどればシベリアのバイカル湖から渡ってきたのだろうが、彼ら自身も、そんな事は知らなかっただろう、渡ってきたのは更に一万年ほど前の事だ。

そんな陣馬尾根、中ノ平縄文遺跡の少し手前にけっこう雰囲気いいミズナラ《かな?》主体の自然林がある、今日はそこで遊んできた、所要時間などは前回《2012.6.17》の記事を見てね。

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2時間ほどウロウロしてキノコの写真を撮ってきた、とにかくキノコは多い、私はキノコ採りではない、だから、食べられるキノコかどうかには興味がない、絵になるキノコに関心があるのだ、大きいのは直径20cmくらいあるが、絵になるのは、どちらかと言えば小さいキノコだ、なるべくメルヘンチックなのが良いのだ。

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登山者にはほとんど会わなかったが、数人の若い衆がモーターバイクでやってきた、こんなところをバイクで走らなくともとは思うが、しかし、それも山の賑わいかな...とも、少なくとも水だけ持って山の尾根を走ってるやつらよりは健全かもね。

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2012年10月 7日 (日)

奥多摩.湯久保山のきのこ

I03 5千年なら私のポンコツ脳味噌でも何とかなる、仮に一世代25年として200世代遡れば5千年になる、日本では縄文時代、竪穴式住居に住みトチの実などを流水でアクヌキして土器で煮炊きして食してただろう、それは我々の僅か200世代前にすぎない。

しかし、5千万年となると、この時間の長さにはこの脳味噌では思いが及ばない、我々の祖先の霊長類は5千万年もの間、広葉樹の森の木の上で生活してたらしい。

ちなみに私しゃ、今のテッコンキンクリート製の集合住宅に住み始めてまだ10数年だ。

I508_7 湯久保山は御前山の前衛の山、というより湯久保尾根の途中のコブかな。

五日市から藤倉方面へ向かい、宝蔵寺バス亭の100m程先を右折してすぐ橋を渡り林道ではなく民家のための生活道路かな、を2Kmほど入った地点に車を置いた、御前山への標識があり、沿道に山や花の写真が飾ってある。

車道はここでヘアピンカ-ブして先へ続いてるが、この先はかなりの急傾斜、非力な車だとかなり心細い。

駐車スペースはそれほど広くはないが何とかなる。

その急傾斜の車道を暫く歩く、民家やペンションが点在する、やがて車道は終わり、舗装された歩道となり、そのまま行くと「やまんばぁの家」に突き当たる。

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「やまんばぁの家」の入り口の直前に右へ入る登山道がある。

天気予報では止むはずの雨がなかなか止まない、たいした降りではない、折り畳み傘を使用、腰から下はビショ濡れになるが、ムレムレの雨具なんぞ着用するより気持ちいい、むしろ爽快な気分...ともいえる。

すぐにナントカ神社の前に出た、この一番上の字が読めない、初めて見る漢字だ。

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道は神社の左を行く、もちろんスギとヒノキの植林帯だ、それでもガスッてくると味わいある風景になることも。

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シラネセンキュウかな、かなり多い。

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一時間ほど歩いて宮ケ戸からのコースに合流《湯久保尾根》あいかわらず植林帯が続くが時折広葉樹林になることもある、広葉樹林の林床はキノコが場所によっては足の踏み場もないほど、ただ、食用かどうかは関知してない、御前山のアチラ側《栃寄側》は昨年の同時期歩いてキノコは極めて少なかったが、こちら側は陣場尾根も含めてキノコ類は多いようだ。

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2時間ほどで湯久保山に着いた、山頂はコースからやや外れた樹林帯の中にあり晴れても展望は期待できない、ほとんどの人は気づかずに通り過ぎるかも。

でも、看板はある。

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今日は、途中、御前山から下ってきたらしいオジサン一人に出会っただけ。

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2012年9月 9日 (日)

御岳奥ノ院周遊コ-ス

我われ、ホモ.サピエンスが登場したのは20万年前だそうだ、ネアンデルタ-ル人は我われより一足早く30万年前に現れ、ほぼ3万年前に絶滅したとのこと。

ネアンデルタ-ル人は我われホモ.サピエンスと体格もほぼ同じ、脳の大きさも遜色なかったらしい、ただ、喉の構造が少し違うために言語能力は我われより劣ってたらしい。

しかし、考えてみると口げんかで女に勝てる男は滅多にいない、これって、もしかして言語能力が劣ってるてことかいな、ちゅうことは、いづれ男は絶滅して女だけが生き残る.....のか?

世間は、自然保護には熱心だけど、絶滅危惧種の男も今のうちに保護すべきではなかんべーかな?

I508_8 今日は御岳奥ノ院周遊コース、桧原街道などは自転車ロードレースのため一時通行止めになるのでかなり早く家を出た、例によって養沢沿いの林道を行く、いつもの空き地には既に先客が4台ほど、前夜からキャンプをしてるらしい、早朝から賑やかに音楽など鳴らしてる、私の車1台分くらいのスペースはあったのだが、先客の4台、ベンツとかボルボとか高そうな車、その脇に私のチャチな車を置いたのでは、あまりも私の車が惨めだ、で、少し先の路上に駐車した《Am7:30

長尾平までは前回の御岳神社と同じコ-ス、林道脇にはゲンノショウコが咲いてる、この花を見ると秋を感ずる、他にはツリフネソウが花の盛り、キバナアキギリはチラホラ、登山道にかかるとヤマホトトギスが多い、タマアジサイも相変わらず多い、ソバナはチラホラ。

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奥の院には着いたのは10時前、普通に歩けば1時間半ほどかな、奥の院の山頂一帯にはけっこうシロヤシオツツジ《五葉ツツジ》が多い、もちろん花の時期ではない、ふと見ると紅葉してる葉があった、もしかしてシロヤシオかな、花をつけてるのもある、つつじの仲間のようにも見えるが、今頃、花を付ける「つつじ」ってあるのかな、よくわからない。

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御岳周辺はどこも人が多いが、この奥の院コースだけは例外静かな散策を楽しめる。

鍋割山は、私が、この春、***に化かされて道を間違えたところだ、また、化かされたくないので巻き道をしてエスケープ。

いつもの通り、介場峠《あくばとうげ》、ロックガ-デンから七代の滝のハシゴ段を下りて帰途についた。

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2012年8月19日 (日)

御岳神社のレンゲショウマ

I07 私メ、このクソ暑いのに、なにを血迷ったか

いや、暑いが故にボケたのか?  ここ数年、秋風が吹くころまでは引き篭もることにしてたのだが、今日はナントこともあろうに御岳神社を公式参拝(??)してきた。

養沢沿いの林道終点の4500m手前に平坦な猫の額ほどの空き地がある、此処に車を置く《AM9:00》、今回も裏参道を行く、公式参拝で裏参道って、ありか?

養沢沿いには何組かのファミリーやグループがテントを張ってキャンプをしてた、林道の入り口には熊の目撃情報の立て看板看板もあったりするのに、皆、全く気にしてないみたいだ。

七代の滝へは寄らずに、真っ直ぐに御岳神社に向かう、タマアジサイの花が乱舞する植林帯を行く、道は階段状に整備され歩き易くはなってるが、とにかくキツイ登り。

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樹林帯のなかで日が当たらないため思ったほど暑くはなく、一時間ほどで神社に着いた。

神社の祀神として、由緒書きには櫛真智命、大己貴命、少彦名命などが記されてる、櫛真智命は、ほとんど知られてない、大己貴命は我らが大国主《オオクニヌシ》の別名、少彦名命はタカミムスヒの子らしい、一時期この国の最高神であったタカミムスヒにも敬意をはらってるようではあるが、天照大神《アマテラス》の名はどこにも記されてない、境内の裏手に小さな社があり、此処に申し訳程度にアマテラスの名があった、しかし、どうみてもアマテラスは最高神としての扱いではない、武蔵の国では古事記にあるような国譲りはなかったのか。

なるほど、境内のアチコチにレンゲショウマが植えてある、花の見頃としてはベストタイミングかも、未だツボミも多いが、賞味期限を過ぎると先に咲いた花がみすぼらしくなって絵になりづらくなる。

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本来、自然の中にヒッソリと咲いてるレンゲショウマを無理やり神社の境内に植えたところに面白みがあるわけだから花だけ撮ってもしょうがないので、なるべく神社の建物を絡ませてみました。

他にはシュウカイドウというらしいピンクのきれいな花が目についた、これも無理やり植えたものでしょう。

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帰路はロックガ-デン経由、相変わらず賑やか。

ところで、お賽銭100円で公式参拝って、ありかな?

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2012年7月22日 (日)

奥多摩.都民の森

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今年の南関東の梅雨はわりと穏やかで出かけるにはもってこいなのだが、先日は車がダウン、

既に走行距離16万キロ人間なら後期高齢者だから無理もないのだが、ラジエ-タを交換するハメになった、メーカー純正品だと10万円近くするらしいが、中国製なら半値以下だと。

もちろん後者にした、そんなことをしてるうちに気象庁が梅雨明けを発表しやがった、少し早トチリじゃねえのと思ってたら、二日ほど前から梅雨空が戻って今日は最高のコンディションになった。

駐車場に8時半着、すでに駐車率50%、最近は雨模様でもけっこう訪れる人は多いみたいで喜ばしい。

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森林館への入り口にいきなり熊の目撃情報の掲示があった、私は臆病者だからとっさに周囲を見渡した、熊が近くにいないか見渡したわけではない、いくら熊でも入り口付近の人の多いところに現れるはずはないのだ、そうではなくて近くにオバサン軍団がいないか見渡したのだ、もし、オバサン軍団がいたら、その後をついてゆくのが最も安全なのだ、怖いもの知らずの軍団の前には熊五郎だっておじけづいて出て来られまい、いざとなれば、頼るのはオバサンだ、この国だって結局オバサンでもってるようなもんだ、決して野田総理でもってるわけではない。

しかし、残念ながら今日に限って熟年のカップルとか家族連れが多く軍団の姿はない、やむなく一人でショボショボと歩き出した。

ヤマアジサイ、クサアジサイは花の盛り、主稜線ではコアジサイも盛り、タマアジサイはまだ開花前、ギンバイソウの開花も少ない。

三頭沢1200m地点のレンゲショウマは蕾が豆粒ほどの大きさ、見頃は8月中旬かな、途中バイカツツジの咲き残りもチラホラ見ることができた、ユキザサは終了したようだ。

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沢筋ではオイシソウなキノコ《食べられるかどうかは不明》

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私の好きな撮影ポイント、ここに雑誌のグラビアから抜け出たような女の子に化けた***が現れて歩いてくれれば絵になるのだが、今回も現れなかった。

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今日、歩いたコースは.....................

よく覚えてない、山頂へは行ったような気もするし、行かなかったような気もする、たとえ行ったとしても、それは忘れることにしてる。

無事に家に帰りついたわけだから、認知症ではないだろう《...たぶん》

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2012年6月17日 (日)

奥多摩.陣場尾根の縄文遺跡

6月は森を歩くのに最適の季節であるにもかかわらず、これまで、なんやかやで出かけることが出来ず、ウジウジしてた。

今日は、午前中は曇りor雨の好天気、しかし、午後はクソ暑くなるらしいので早めに家を出た。

藤原のバス終点から少し入った処に春日神社がある、此処に車を置いた《AM8:10

陣場尾根を小河内峠までは普通に歩けば2時間ほどか、私は普通には歩きませんが。

目的は中ノ平遺跡、遺跡といっても何もあるわけではない、せいぜい縄文遺跡であることを示す石碑がある程度とは思う。

ただ、そこが、どのような自然条件のところなのか見てみたいのだ、小河内峠付近とのことで、かなり急峻な地形では、とか、水がないのでは、とか、標高1000m近いところに縄文人が住めるのか、とか想像してみたが、よくわからない、で、行ってみる事にした。

春日神社からコンクリートで舗装された小径が山あいに点在する民家が途切れる辺りまでつづく、登山道というより、民家の生活道路のようだ、このコンクリート道が今日のコース中最もキツイ登りとなる。

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小径の両側にはまだヒメレンゲが黄色く咲いてる、ノイバラは咲き終わり、ノアザミも散見、全行程を通してフタリシズカが多い、コアジサイは咲き初め、ウツギはそろそろ終わりかけてる。

やはり、全体を通して植林帯が多いが、自然林も、それなりにある、秋には紅葉も楽しめそうだ。

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登山道に降り積もって、ほとんど腐葉土化してるのを多分イノシシと思うが、メチャクチャ引っかきまわしてある。

中ノ平遺跡には一時間半ほどで着いた、思った通り、石碑があるのみで他には何もない。

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しかし、自然環境は想像したのとは、かなり、違う、付近一帯はなだらかな丘陵が広がり、私は狭山丘陵を歩いてるかのような錯覚に陥った、これなら、探せば近くに水場もあるかもしれない、いや、あるはずである、でなければ、此処で生活出来るはずがない。

標高は900m前後と思われる、7~8千年前の気候は温暖だったのか、冬は寒くなかったのか?

周辺を少し歩き回ってみた、水場はわからなかたが実にキノコが多く生えてる、キノコについての知識はないが、小さいのから大きいのまで種類もけっこうあるようだ。

私がイメージする森においてキノコの存在は不可欠である、キノコが生えてこそ、そこが森なのだ、毒キノコであろうと何であろうとそれはかまわない、その意味で此処は一級の森と言える。

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悔やまれるのは一帯も植林されてることだ、せめて遺跡の周囲くらいは自然林のまま残しておくような知恵はなかったのか、ただ、遺跡付近の植林帯と下部の植林帯を比較すると前者は実に緑が多い、キノコも含め植物の生育に適した地形と土壌なのだろう、秋には木の実も多く採れただろうし、それをねらって獣も多かったかもしれない、狩猟も行われただろう、水と食べ物があり、燃料としての薪にも不自由しないとなれば、縄文時代、此処は楽園だったかも。

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小河内峠へは、更に20分ほど歩く、峠のベンチで昼寝をする。

帰路、下からやってくるオッサン一人に出会っただけ、静かな森歩きだった。

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2012年5月20日 (日)

奥多摩.体験の森のシロヤシオツツジ

AM8:00栃寄の無料駐車場。

先週も此処までは来た、しかし、あまりのバカ天気にイヤ気がしてスゴスゴと引き返した、とにかく5月になってからの土日は晴れが続いてる、せっかく山のフモトまで来て、天候が晴れだから引き返すのもいかがなものかとは思った、《雨だから引き返した話は珍しくはないが》、やなものはやだ。

今日はうす曇り、先週に比べれば、マアマアかな、未だ入梅前だから仕方がない。

先週もそうだったが今日も沢沿いの林道で藤の花を全く見ることがなかった。

集落の辺りはかなり緑が濃くなってる、沢筋ではヒメレンゲやラショウモンカズラが花の盛り、クワガタソウも点在してる、ニリンソウやエンレイソウの咲き残りも若干見られる、ユキザサは、これからのようだ。

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中腹より上では新緑というより若緑というべきかな、春の名残を感じることが出来る。

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今日のコースは《トチノ木の広場》-《ワサビ田の広場》-《活動の広場》-《シロヤシオの広場》-《カラマツの広場》-《湧水の広場》-《シロヤシオの広場》-《活動の広場》-《カツラの道》-《トチノ木の広場 》

ある草花を探し求めて斜面を舐めるように歩いたが見つからなかった、花の咲く時期でなければ探しようがない、ワンチャンスを逃すと、あとは、また、来年に希望を繋ぐのみ。

シロヤシオツツジは、ほとんど期待してなかったが、咲いてました、花の咲きそうな木が3本ありますが、1本はかなり花付きがいい、1本はチョコッと花が付いて、残り1本はまるっきりダメ。

同ツツジは皇太子家の長女愛子様のお印、清楚にして可憐なこの花を愛娘のお印に選ばれた皇太子殿下のお気持ちが良く解る。

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周囲に若木がけっこうあって、この葉がきれいだ、なるほど、別名《五葉躑躅》というわけだ。

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今日は5時間ほどの徘徊、人は多からず多からず。

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